2021年01月15日

自作出発の原点

 年頭半ばを迎え、改めて自作の出発原点を確かめてみたくなりました。もう元実顕地メンバーや現実顕地メンバーがこの新作を読み始めています。

 
 たまたま勝手知ったる旧友からの問いかけはあの著作の出発点を「革命」や「世直し」と見なしていたようですが、実はこれはそのこと自体の問い返しから始まっています。ただそれだけでは突拍子もないことですから、編集の終わりにあえて「ある前史」を追加しました。そこではおっしゃるように組織論や運動論の凝縮ページになっているでしょう。 

   しかし私の著作の出発点は、いわゆるヒエラルキーや体罰につながる体制制度の変革自体というより、そのことを許してきた自己自身への問い返しであり、その原点はやはり「自分とは、私とは何だ」に尽きると思います。まさに村上春樹の言うように「大事なのは他人の頭で考えられた大きなことより、自分の頭で考えられた小さなことだ」です(32から36) 

 
そしてそこには良識ある大人の読者であればおそらく怖気が湧くぐらいの自己表現、自己評白の満載です。つまり警句のたぐいから下手くそな自作詩までいっぱい集めまくって(以下註参照)。というのは、私にはあれなしにはこの本の出版はあり得なかったからです。 

 
そこで当然ながら、実顕地でそれなりに必死に取り込んできた「真理」とか「真実」は私にはすべてクエスチョン付になりました。著作で登場させたそういう人間集団の集まりが、「村」での研鑽会スタイルになるはずがありません。ある意味、これまで問うたことのないかつてない部分が検討(もはや「研鑽」とは言えない)の対象になってくるのですから。いうまでもなく銀行口座番号の交流も含む。 

 
そしてそのことをあえて記録に残したということは、私にはその後に展開紹介してきた討論や議論やささやかな実践に対応できるこの著作の最大のモチーフです。そしてそれなしにはこの<裏切られた革命>へのわれらの自己表現はあり得なかった。しかもそれは同時に結果として、「村」出のわが家族の生活困窮の細部に至るまであえて続けていたことーーそれを偶然というか、執念というか、根性というか。 

 
それを<革命家>としての実践としてそうしたかどうか? そんな意識は全くありませんでした。いわば根底にあったのはおそらく「表現」ということ。それが、あの時点から今日の出版に至るまで貫かれてきた柱だったと考えています。   



 註)

あそこで―――

わたしの取り組みが変わりばえしなかったのは

どう視点や眼鏡をかえても見ていたのは同じ穴蔵の同じ風景

おまけに喜々楽々の幸福一色の世界に居るはずと思い込んで

いちまいの風の不安ふとよぎる徒労の感覚

それらをすべて間違いとして抹消してきたようだ

わたしの不幸感の片鱗でも敏感にキャッチし目をそらさないこと

 

 

おれという人間の手応え おれの実感  それはどこにあるのか

おれの脳中のどこにも ムラという隔離空間のどこにも見えない

強持ての理念に 痩せ細ってきた実感を括りつけるだけでは

いつまでも飛べないはずだった 理念のための理念

たぶん異質との遭遇 それらとの緊張によってこそ

精神は健康を取り戻すはずだ あらゆる異質が等距離にある地点

それこそおれのゼロ位 それはおそらく世間のタダ中にこそある

 

 

社会を変えようとするなら自分が変わること

しかし今は自分を変えようとは全然思わない

その前にもっと自分を知りたいのだ 自分を知るとは

たぶん自分の変わらないところを明らかにすること

お前はなにもので お前の本当にやりたいことはなにか、と

たとえ生活や生命が十二分に満たされても

満たされずうごめくそれら!



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2021年01月12日

面接(4)

 しばらくして中央から精悍男氏がズバリと訊いてきた。

「あなたが居られたR会というのは、どんなところなんですか? かなり長く居られたようですね」

 こういう大枠の質問には彼も困ってしまうのだが、三度目なので何から切り出すか少しは見当をつけていた。始めっからタダ働きだとか、金が要らないとか言い出すと話がややこしくなる。

「ええ、二十年ぐらいになるでしょうか。そうですね、あのー『ゆりかごから墓場まで』といいますね」

「えっ?……といいますとあの社会保障のことですか」

 怪訝な顔付きで精悍男氏は答える。

「そうです。でも保障といいますと普通はかなり受身のイメージですが、みんなで助け合ってそれをつくっていくという感じなのです。だからお年寄りでも自発的にちゃんとやることがあって、日がな一日ぼんやりテレビ漬けになってるなんてことはありません。もちろんそれが必要なお年寄りには、介護も行き届いています」

「…………」

「育児真っ最中の女の人なら極楽と思うんじゃないでしょうか。子どもを置いて働きにいける保育施設は整っている。一般家庭の主婦のように、食事洗濯などこまごました家事がない。」

「…………」

 精悍男氏の顔のたてじわが深くなり、それとなく左端の禿げ白氏の顔をうかがった。禿げ白氏の頭が二度ほど軽く縦に振られた。

「それに失業というものがない。私は職探しがこんなにたいへんなものか全く思いもよりませんでしたから、特に身に沁みますよ。いや決してみなさんにプレッシャーをかけようというわけでは……」

「ほう、どうしてそんなことができるんですか、このご時世で」

 精悍男氏の声は少し尖った。とくとくとしゃべっていた彼にも気づく程度には。さすがに彼も次の言葉が出なかった。

 やっぱりしゃべりすぎだ、それに態度が対等すぎる。前二回とも失敗してるのに、またまたやらかしてしまった。彼はムラからの習慣の強さを扱いかねていた。ストーブの熱気なのか頬が火照り、右斜め上方の窓からは薄暗く煙った空が見えた。

 禿げ白氏が声をかけてきた。その声は思いがけなくやわらかだった。

「なかなかよさそうなところじゃないか、ユートピアというのかな……。そんないいところからなぜ出たのかね?」

 彼はほっとして左手に顔を向けた。

「なぜでしょうねえ? 自分でもよく分からないんですよ。なんかへんだ、なんかへんだと思うばかりで。しかしどうも面白くない、なんとなく窮屈だ。それで出てきました」

 即座に精悍男氏が問いを引き継いだ。

「といいますと、ご家族は?」

 彼の胸はチクリと痛んだ。できれば伏せておきたかった話もこれでまた出す破目になりそうだ。



okkai335 at 01:12|PermalinkComments(0)

2021年01月10日

一気に読んでいました

ある元実顕地メンバーからお手紙いただきました。

ご本人Bさん(としておきましょう)のご了解の上、その一端を紹介させていただきます。


 

【福井さん、○○さんへ

 

『「金要らぬ村」を出る…』を読ませていただきました。

 ある知人から送っていただきました。去年の暮れでした。

 体調が悪い時でしたが、途中でやめることができず、一気に読んでいました。

 他人事とは思えないことばかりで胸が苦しくなりながらも、ほっとしたり微笑んだり

身近にお二人の日常に触れているようで、年が明けても読んでいます。

 「村」を出た人みんなに読ませて上げたいです。

 

 私も「村」を出て一人で頑張っていた息子の初めての崖っぷちからのSOSで、「村」を出る決心を固め、ただ息子を死なせてはならない親心だけで頑張ってきました。この本は私にとっての原点を教えてくれました。

 「村」に行こうと思ったのも、出てくることを決めたのも「心あらば愛児に楽園を」のこの言葉に出会った時の琴線に触れた思いです。

 どうすることがそうなるのかいまだにわからないでいますが、心の底にその思いだけははっきりと置いておきたいと願っています。

 

  (中略)

 

 ある日夜中の勤務中に私が倒れてしまい、夫が昔の会社の時の知人に仕事をお世話してもらい、沢山の人の助けをもらい今日までやってこれました。

 きっと「村」を出た人みんなにそれぞれの苦労や出会いやささやかな喜びもあったでしょう。

 この本を読んでいると一つの奥深いところにある人生の本当の味わいを感じます。あの苦しみを味わっていてよかったとすら思えます。

 今だから言えるのでしょうが……

 

   



ーー以下略ーー



okkai335 at 02:14|PermalinkComments(0)