(51)「事故哲学」からの幻視(53)詩篇より「働かざる者食ってよし」

2020年01月22日

(52)詩篇から 幻想とは何か

 詩集『魂の領分』(2016/7)より 


  

                 <幻想 1>



挫折の前には熱狂と興醒めがあり
それらの前に幻想があった

人間は幻想を生みだし 幻想を享受し
その幻想を真実に化そうと働くこともできる

またその幻想を夢と知りながら
いつしか真実と錯覚することもできる

だからそれが幻想であることを暴くことは容易である

だが人間に 幻想を紡ぎだす力があることを
誰が責めることができよう

いうまでもないことだが この幻想の力なしに
何事も始まらなかった




                  
                <幻想 2>


私は自分が書いたものを何度も読み返す機会があった
それは推敲のためだと考えていた

しかし それをさせるものは何かとふと考えた時に
奇妙な実感の残存に気づいた

それは実は執念のごときものではなくて
自分の書いた文章に酔えるからだという発見

すなわち何度読んでも飽きない部分が少なからずあるからなのだ
そしてもっと酔いたいのである

こんないわば自己陶酔的な感覚はちょっとやばいのではないか

とはいえあたかも自分の選んだ銘柄の焼酎の温度や調合を詮索しながら
もっといい酒として飲みたいかのようだ

それは文章に限らず 実はあらゆる創造の萌芽と
それをヒントとする<生産的>というものにつきまとう慰藉であり

それが自己幻想というものを継続させる力なのであった





okkai335 at 01:49│Comments(0)

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