(73)国家予算で国民の生活費を支給する時代!(75)新刊表紙裏表の予定画像

2020年07月05日

(74)新刊「〝金要らぬ村〟を出る…」

   出版の方もようやっと印刷までこぎつけた。4月初めに申し込んだときは、もう新型コロナの渦中で本になるのかどうかずっと危ういものだった。
   
   ところでいわゆる“出版作業〟というものは整理しておくと、①原稿編集作業、②表紙作成作業、③印刷作業、にわかれる。4月初めに原稿推敲入稿作業に入り、ようやっと③にさしかかった、といってもこれが最終で、おそらく7月末には最新刊が登場できるだろう。といっても4か月かかっているので通常よりずっと遅い。

   ところでふり返ってみて不可思議というしかないが、何といっても最大の課題は、この本のタイトルと「帯」(表紙をくるむ)の内容を決定することだった。こんなに何転もしたことはない。しかもこの時点では目の症状が悪化して、かすみ目中断しばしば・・・。それでも表紙の映像構想と絡んで、ずいぶん楽しくなった。無茶クチャ苦労したともいえるが、ふり返ればここまで面白かったこともなかった。あえて紹介しておきたい。

  タイトル)はじめっからずうと変わらなかった堅物だったのが、ようやっと動いた。
   「金の要らない村」から離れて→「金要らぬ村」を出る…

「帯」案①
 「――しかしそこを飛び出したいま歴然と見えてきたのは、こちらの社会の方こそ自分がアリにならねば生きていけない社会だった。かつては心ごとアリに変えたが、いまは心を隠してアリになることが生きる方便だった。いったいどちらがましなのだろうか。」


「帯」案② 上の「アリ」という表現に到達するのにかなりかかったが、ずいぶん気に入っていた。ところが、うちの元高等部生にはよくわからんと散々だった。それでもっとわかりやすくした。事実は変わらないが、視点が少し変わった。いやそんなもんじゃない。この「金の要らない」には私(たち)にとっての全思想、生き方がからむ。そのことをさらりと言えば次のようになる。

 「金無しで25年も暮らした。今さら外で金目当てに働く気がしないのだが…」


この部分は巻末「著者紹介」の中で次のようになる。
〈この背景にある思想、理念としてこれまで紹介したイリイチの「使用価値」論や初期マルクスの「疎外された労働」批判から「愛はただ愛とのみ、信頼はただ信頼とのみ」の思念を見事に紹介した長田弘氏の『草稿のままの人生』のことを思い出したりする。それらは山岸巳代蔵氏とどこかで呼応し合っているとずっと感じてきた。そういうことでは私は理念的なものには弱い人間だという自覚がないわけではない・・・」

 この「呼応し合ってきた」という表現は私には初めてのものだった。これまでは呼応というよりずっと比較してきた。それこそ素の体験しかなかったド素人による、この著作の歴史的な意味だと自負する。

 
この続編は裏表紙に

 〈「金の要らない村」に序列ヒエラルキーとさらに体罰まで生まれた。このまま受け止めるしかないのかと何度も自問したが、闘うという選択肢はなかった。〈村〉を出るしかない。
その仲間のことで私がもっとも驚いたのは、互いの口座番号を交換し合って、金を贈ったり贈られたりできたことだった。これって一体なんだったのだろう……〉

 
   ともかく「帯」の方は いい悪いじゃなく、事実に即し自分の心情に最も無理のない、しかも自分を鼓舞できる表現という意識があったと思う。出版前の紹介はちと早いのかもしれないが、同じか似たような煩悶の中で日々を過ごしてきた仲間たちにとって、なんらかの力付けになってくれればとねがう。

   今回の本は書店から直接注文します。私の方から郵送しないですから。


お手軽出版ドットコム
 
 URL http://www.otegarushuppan.com/



okkai335 at 04:57│Comments(0)

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