米俵も土俵に(5)米俵も土俵に(7)

2020年11月07日

米俵も土俵に(6)

もっとも研鑽学校では、R氏記述の「R社会の実態」本を随所でテキストとして使ったから、「崇高本能が伸びるがまま」の個々人の個性絢爛たる才能や技能が開花する社会を構想しているのを知って圧倒され、R会の道を半ば肯定しつつあった。しかしその方法手段となるとよく分からなかったが、これらの章句は顕現地組織論として読めば解りやすいような気がした。ともかく今は「自分の良さ」を見出せるか否か、の入り口に足を踏まえていることだけは腹に落とした。 

 
 この部室に一日二度部員は集合した。養鶏部内の飼育、選卵、配合の各部署で総勢二十名近くになった。私に比べほとんどは若かった。三八歳の私と同年輩は見当たらず、その少し下に配合の細川と他に二、三の男たちがいた。後で聞いた噂話によれば、彼らは学生運動でいえば第一次安保全学連の世代に属する私より下の、全共闘初期に属する世代で実際学生運動崩れも多かった。さらにその上の年齢は鯵沢と時々顔を見せる通称シゲちゃんというおばさんだった。ここでも私は新鮮な驚きを覚えた。別海時代の酪農部はこの種の集まりは朝の搾乳後の一度だけであり、寄っても簡単な打ち合わせぐらいだったし、それもみな顔を揃えたわけではない。しかしここではみな今日の“どんなあたり”を語るのであった。それは鶏や人に対する気持ちとか心の動きに類するものであり、いわゆる“心境”と称していた。理念的には「無我執・無所有・一体」の境地が目標とされていたのであろうが、そういう難しそうな漢語はあまり使われなかった。それを語っているうちに、まわりとの反応で自分のテーマなるものが生まれてくる。例えば破卵を少なくするという仕事上のテーマも、鶏さんの命を「次につなげる」という心境テーマに翻訳された。私の餌やりもずばり「比較なし、今やることに専念」というテーマになった。シゲちゃんというおばさんは「しばらくそれでじっくりやったらいいよ。鶏相手の心境などはまだ先のお楽しみね」と助言した。このおばさんはどういう存在か分からないが、全体の顧問役のようであった。



  朝はそのテーマを確認して出発し、夜はその“整理”を語るのであった。それを出発研、整理研といった。作業打ち合わせ的なことはほとんどなかった。それは別の場で各部署のキャップが寄って段取りしているようであった。なるほどこれなら日々の生活が心境のレベルで位置づけられるのだ。これはいったいどういうことだろう。私は
、北海道という牧歌的な環境でのんびり仕事だけしてきたなあ、とつくづく自分を省みる。日々ぼんやり、といっても単なる快不快でなくそれなりに向上心を持って過ごしてきたとは思う。しかし気持ちや心のありよう自体が目的になったことはあまりなかった。“心を磨く”ということがなにか座禅や特殊な修行によってではなく、日常の仕事や暮らしのなかにあっさり位置づけられるのが不思議な気がした。たしかに研鑽学校かどこかで「顕現地の生活は心境生活」というのを聞いていた。それがいよいよ本格的に始まるのだと思った。


 



okkai335 at 01:46│Comments(0)

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