面接(5)面接(7)

2021年01月18日

面接(6)

  (三)

 

 どーんと疲れが残った。帰りの電車の中で、彼は眠ろうとしたが眠れなかった。外はもう薄暗く、彼の寄宿先の最寄駅までまだ小一時間はかかるだろう。顔中がかっかっと火照り、頭がぎしぎし軋んでいた。この疲労は、面接で自分を必要以上露わにしないようにする不慣れな操作と、言い足りなかったことの鬱積からくることは明らかだった。

 いったいそれでかれらはおれに好印象を抱くことになったのだろうか? おれの何が観られ調べられたのか? 彼は振り返ってみたが、期待できそうな手応えはふわふわして頼りなかった。大型免許? 教職経験? たぶんどれもこれもおれの横柄対等のおしゃべりで帳消しだろう。少しは芽がありそうなのは、酒・タバコについての生活信条か。それも禿げ白氏の最後の言葉が気になる。「善いこと尽くめというのは、窮屈なもんだよ……」。

 彼の魂はまさにこの述懐に共鳴し、それについてもっと語りたい盲目的欲求がうずいた。それは彼の生き方の釈明にはなっても、採用条件になんら関わるものではなかったろうに。

 彼の脳中の軋みから、禿げ白氏への釈明の言葉が溢れ始めた。

――そうなんです。あなたと同じようにムラには酒タバコが好きな人がかなりいましたよ。かれらがムラ中の酒タバコを止めようとする勢いに抵抗するというのは、並大抵のことじゃなかったと思うんです。あれは一種の正義運動のようなものでしたから。ただどこまでも個人の自由意志が前提になっていて、強制の禁酒禁煙じゃないですよ。だからかえって厳しかったと思うんです。しっかり美談付きの大義名分がついてまわるんですからね。やめられなくて苦しんでる人がかなりいました。あとはこっそりやるしかないですよ。これは辛かったと思いますね。

 そういう人たちの辛さというものに私はずっと無関心でした。自分は酒タバコを止めるのに苦労しなかったし、なんでかれらはできないんだろうと思っていましたよ。いわばその不可能の思いをふっきる自己革命によって理想を実現していくムラにいるんだという自負もありました。かれらの気持ちが分ったのは、私が飼料部の職場係をやっていてその頃職場に出て来なくなったある男を訪ねた時でした。じっくり話を聴かせてもらって、できれば職場に出てくるきっかけにならないだろうかと思って――

 

 彼はその男、島田の部屋を訪れた時のことをありありと思い出す。島田は独身で三十代半ばくらい、夫婦者で幼児がいる場合は六畳四畳半の部屋に住むのだが、島田は二階の六畳一間の部屋にいた。桜の花も散って少しばかり日差しが強くなった明るい真昼だったが、部屋はカーテンを閉め切って暗かった。島田は髭も髪も伸び放題で仰向けに天井を見ていた。タバコの臭いがした。

「わざわざ済まんです。用件は分ってますよ。でもよく来てくれましたねえ。やっぱり一人でいるのは淋しいですよ」

 起き上がった島田に向って彼は最近の餌配合の特徴やメンバーの顔触れなど職場の様子をしゃべり、ともかく出ておいでみんな待ってるよ、と通り一遍のことしか言えなかった。



okkai335 at 02:16│Comments(0)

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