面接(10)面接(12)

2021年01月26日

面接 (11)

 しかし労働は厳しかった。その後の十数年は延々と続く肉体労働だった。そして生まれた農場や施設はここ数年子どもらの休暇毎の生活体験の場となり、ようやく最近学園づくりの動きまで結晶しつつあった。それを耐えさせたもの、いや結果的に耐えることができたものは、なんだったのだろう。肉体の改造と精神の鍛錬、未来の学校の教師になるために。いや教師になれなくとも、R先生のいう「身代わり」の理念で相応しい人がなればいいのだ。その理想を支えていく一人であればいい……。

「参画した頃はなんか混沌としてたなあ。おれなんかは教師上がりのクソ真面目でよく働いた方だったが、仕事しないでゴロゴロしてる若いのがかなりいたよ。タバコはシンセイ、酒はゴードー焼酎。よう呑んでたし、ギター弾いて『なごり雪』とか『山谷ブルース』なんか歌ってたわ」

「へー、それもおれ布団の中で怒鳴ってましたよ。ムラもそんな時期があったんですね。今は明るく楽しいばかりの公認“はれはれソング”ばっかり。みんなマジメで仕事熱心で、夜普通ならテレビ見てる時間に研鑽会でしょう。おれなんか付いていけるんか最初は心配したんですがね」

「それはだいぶんいろいろ整備されてきた頃なんだな。あの頃は今みたいな研鑽会もなく、酔っ払って議論する感じだったけど」

 

 それで島田は不意に思い出したように言い出した。

「こんなこと話していていいんですか。おれにはありがたいが、あなたにはいろいろ『研鑽会』があるでしょう」

 研鑽会とは、会の創設以来不可欠のメンバー間の交流、合議、研究などを兼ねた寄り合いだった。毎日あるいは定期的に、職場毎・生活単位毎・あるいは各種テーマ毎に頻繁に持たれていた。時には定期的に二、三週間の長期合宿になる場合もあった。

「そうなんよ。研鑽会サボって係が職場の厄介者にばかり関わっていちゃ問題になるよな。まあ、いいよ。研鑽会もさっぱり面白くなくなったからなあ」

「やっぱりそうですか。ちょっと息が詰まるというのかな……。なんか自分から言わないでえらいさんの顔色を窺うというのか。最近の酒タバコの研鑽会では、自分はできたという人の話のオンパレードで、できないという人はすっかり小さくなってなにも言えない。おれはすっかり嫌気がさしましたよ」

「それで言うことを一度頭で考えてしゃべる。いや、おれがだよ。だからいつもすかっとしない。一種の自己検閲というのかな。自分がどう見られるかとか、係だからへんなこと言えないとか、かなり意識しているよ」

「それってフン詰まりになりませんか。もようしたらすぐトイレに行けばすっと出るのに、ちょっと我慢したり抑えたりしたら出なくなる。そうなるとかなり踏ん張っても少ししか出ない」

 彼は苦笑した。島田に言われるまでもなく彼は最近の研鑽会の実態を苦々しく思い出していた。やはり研鑽会は変わってしまっていた。かつてそこは自分を思うまま表明し、歯に衣着せぬ批判と共感が渦巻く実感のルツボだった。いわば風呂に入ったように丸裸の交流が沸騰していた。そのスリルと楽しさと満足感から人々は生きる力を得ていた。できる人できない人それぞれに対等だった。みなムラの大事な仕事一役ずつ引き受けて、みなに伝えたいこともあるし、みなから聞きたいこともあった。

 それにムラ全体に関わる課題は今のように専門分業でなく、みなで考え解いていく連帯感があった。もちろんそれが可能な規模でもあった。

「だからもう研鑽会というより公認のあり方研修機関みたいになってるんだよ。その方が早く片付くからな。真実のあり方を探るなんてやってたら、いつになったら決着がつくか分からないよ」

 



okkai335 at 16:15│Comments(0)

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