旧友の旧友たる由縁面接 (18)

2021年02月12日

面接 (17)

「そんなのは人事を始め、専門の係役がいるやないか。島田のことはいずれ本人に合宿研鑽会に入ってもらう予定になっていたと思うがね」

「やっぱりそういうことになるんだ。それはやっぱり問題を個人の問題にしてるじゃないですか。たしかにうちには酒タバコもやらない理想に燃えたメンバーがたくさんいると思いますよ。でも互いに同志だ仲間だと言いながら、自分はできてるから安心だなんてどっかで思ってないか。形だけは確かにみなやってるが、ほんとうはどうかって。島田が悩んでいたのもそこですよ」

「そりゃあ研鑽テーマからすれば大事なことだが、全体テーマとしてはもうかなり進んだんじゃないかなあ。それでも必要な人には別の研鑽機会を用意しているということでしょう」

「それならそれでおれもそこに入れてください。おれだってその辺りのことが自分では解らない。解ってないことが分かった。島田のおかげです。このまま職場の係を続けるのは疲れる一方ですから」


「そうかもしれないが、おたくはちとせっかち過ぎるよ。誰もそんなこと言ってきてないよ。身近に地道に取り組むことがまだいっぱいあるでしょう。他がどうあれ、まず自分の足元が大事だよ」
 そこに東野の皮肉があったのかもしれない。彼に退っ引きならない対意識が擡げた。他の“幹部”ではなく、昔なじみの東野だから自分に許した感情かもしれない。

「そうですか、そういうことで疲れるということなら他にもいっぱいある。ずばり今の生産拡大ペースでいくと、現場はかなりしんどくていつまで続くのかと思わんですか。たしかに参画者も増えて昔のような夜討ち朝駆けは無くなってきたようだが、もっと仕事時間を減らして生活面にゆとりが必要だと思わないですか。今はまだまだ稼げるだけ稼ぐという段階なんですかね」

「そりゃ、社会的にうちの生産物を求めている人がいたら応えていきたいという、みなの熱意だけだよ。社会への貢献、全人への愛ですよ。それがまた会の拡大につながるということだろ。最近は学園づくりだって軌道に乗り出したばかりじゃないの。経営はますます効率的にやっていく必要があるでしょうが」

 彼のいきり立ちに即応してか、東野の声もいささか尖った。彼のなかにやりきれない徒労感が襲い始めた。理念や運動面と経営面の拡大とがいつもごっちゃになって議論される。しかし未来の理想社会への“投資”はどの程度必要であり、現社会と較べてもそれほど余裕があるとはいえない今の労働システムがいつまで継続されるのか。

 R先生がかつて構想した週十五時間労働なんていうのは夢のまた夢なのか。それらについて『委員会』も含めどこからも確かな見通しが示されたことがない。

「そう、あとは『信じないでその通りやってみる』でしょ。おれがあれこれ引っかかりもありながらこれまでやれたのは、この考え方があったからだよ。結果を見ないうちからあれこれ疑うより、まずはみなでやってみようというのは一応筋が通っている。その前提には、結果が出たらみなでその是非を研鑽しようというのがあると思うんだが、それがなされたという話は聞いたことがない」

「それは今のところ、この路線に問題がないということでしょう……」

「そんなのは耳にタコができるくらい聞いてきたよ。問題児だけ長期研行きにしちゃうから表面化してないだけ。それだけでなく自分が関わる運動や組織の未来について専門任せでなく、みなで考えたいと思っているよ」

「そうかなあ。やっぱりおたくは疲れて弱気になってるんだよ。もうその気になってるようだが、おたくにもやっぱり長期研行きを勧めたくなるね」

「おっしゃる通りでしょ。おれが疲れるのはたぶんこのお先っ走りの性格でしょう。自分で自分に疲れさせているのだから世話ないよ。まあ、これまで自分のなかで悶々と繰り返してきた疑問を聞いてもらえてありがたかったですよ。ともかく係を辞めさせてください。いや辞めるよ。こんなおれでは不適格でしょう」

 しばらく口ごもって、そんなことはない……と言いかけた東野にぺこりと頭を下げて、彼はその部屋を出た。その翌日から彼はばたっと職場に行かなくなった、いや行けなくなった。



okkai335 at 02:20│Comments(0)

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