面接(19)面接(21)

2021年02月17日

面接(20)

「そうだよな。なんもせんでタダ飯食ってるだけだからな」

「はっきり言って世間では通用しませんよ。働かざるもの食うべからず、ですからね。だから働くのに理由は要らんでしょう」
 

「ほんまにはっきり言ってくれるじゃないの。そんなこと言うのはあんたが初めてだ。みんなまあ善意の持ち主で優しいからな。それにここは、世間とはちがう終生の生活保障が建て前だから、おれはそれに甘えているわけだ」

「それだってこの社会の経済競争に打ち勝って可能なことでしょう。つまりこのムラも一人格としてみれば、働かざるもの食うべからず、という社会のルールにのっとるから存立できるわけでしょう」

「その通りだよ。あんたのいう方がすっきりしてるよ。それなら理念の看板を降ろして企業にしちまえばいいわけだ」

 彼の皮肉な言い様に、前島はあっさりと頷いた。

「そうかもしれません。しかし逆に考えれば、これは実に賢明かつ巧妙な戦略じゃないですか。理想社会というものをこれまでのように政治闘争や暴力的な革命によらないで、経営的な成功という平和的な方法で実現しようというのですから。

  だからこれはかなりきわどいことをやってると思うんですよ。利潤追求という弱肉強食社会の論理を使って、それとまったく正反対の平等社会を創ろうというのですから。間口はどちらでもいいわけですよ。経済でも、理念でも」

 彼は呆気にとられた。会の路線について、こういうすっきりした解釈を聞いたことがなかった。こういうことを言えるのはムラに長いこと居た人間ではない。最近まで世間に居て世間のいろんな鏡に照らして会を見てきた人間の言い草だ。

「あんたはかなりの理論家だな。おれは最近知った言葉で『もし君が英国しか知らないとしたら、君は英国を知らない』というのがあった。おれは二十年もここに居たせいか一つの物差ししか知らないが、あんたの方がいろいろ見えるだろう」

「いやそれほどでも。だからこれはかなり高度な仕掛けを創っていくということですから、すごく面白いと思うんですよ。かなり頭を使いますが。そのプロセスでは矛盾がいっぱい出ると思うんですよ。なにしろメビウスの輪みたいに正反対のことを一つの入れ物で循環させようというのですから。まあ多少理に合わない矛盾があっても、外にいた時よりはずっとましですからね」

そうか、それこそ素晴らしい実感ではないか! 実感だけでなく理論的な見通しもある。前島はそれで充分このムラでやっていける人だ。彼は自分を批判しているかに見える前島の反応を好もしいと感じた。

「それに、まだ重度の障害となると無理ですが、うちの子は一応ムラの施設に任せられますし、妻もこれまでの子どもにかかりっきりの状態から解放されて生き生きしてきましたよ。ぼくもこういうシステムがもっとできるように頑張ろうという気になってるんですよ。問題があっても、まだまだこれから改めていけるでしょう」



okkai335 at 00:24│Comments(0)

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